村上裕 カウンセラーとしての姿勢(1)

ゲイの心理カウンセラー村上裕

初めまして。

ゲイの心理カウンセラー、 村上 裕 ( むらかみ ゆたか ) と申します。
ご覧くださり、ありがとうございます。

私はゲイの心理カウンセラーではありますが、セクシャリティに囚われず、いろんな方からのご相談を聴かせて頂いています。

私自身がゲイなので、ゲイやレズビアンを初めとするセクシャル・マイノリティの方からご相談を頂くことが多いだけなのです。

逆を言えばセクシャル・マイノリティであるということは、まだ、それだけ言い出しづらいことなのだと思います。

私は、ゲイの心理カウンセラーとして、

・セクシャリティをオープンにすることに抵抗のある方。

・他人とのコミュニケーションで悩んでおられる方。

・これからの生き方を明確にしたい方。

・ご自身がマイノリティではないかとお考えの方。

・男性に抵抗感のある女性の方。

・セクシャルマイノリティのご家族の方。

に、特にお役に立つことができます。

他にも、うつ、自傷、自殺企画、解離性障害、社会適応障害、トラウマの回復、HIV等の性病、などでもお役に立てます。

また、東日本大震災における被災者の方々のケア、被災者と繋がりある方々のケア、間接的な被災者である日本全国の方々のケア、でもお役に立てます。

私のところに訪れてくださるクライアント(ご相談のご依頼をしてくださる方)が、その方自身の生きるちからに気づいていかれ、段々と活き活きしていく姿を見せていただくたびに、ひとは、なんて力強いものを持っているのだろうと思います。

その時にどんな状態であっても、ほんとうに人は、強い生きるちからを持っている。

カウンセリングは、そのかたが持っている生きる力や感情、そのかたらしさを引き出し、見付け出し、気付いていくのを助けます。

カウンセリングは、そのかたが自信を持って人生を生き、苦しい経験やトラウマを解決し、後悔をせず、幸せに生きるための選択ができるようになる手助けをします。

なぜなら、ひとは、
自分で納得できる選択ができ、
その方なりの幸せな人生を生きていけると、

私達、心理カウンセラーは心から信じているからです。

そして、どんなひとにも、それを実現する強い生きる力があると、私は信じています。

カウンセラーとしての姿勢」では、ゲイであることをオープンにした上で(家族にもカミングアウトをしています)、なぜ私がゲイの心理カウンセラーしているかを書かせて頂いています。

よくご質問をいただくことなので、心理カウンセリングに興味を持っていただけるきっかけになればと思います。

そして、これから先、セクシャルマイノリティの心理カウンセラーとしての生き方を検討しておられる方に何かを伝えたいという、私の願いもあります。

全体的に文章量が多いので、どうか無理をせずに読んで頂けたら有り難いです。

私は、無理が嫌いです。

だから、ひとにも無理を求めません。

私は、いつも自然体で居たいと願います。

だから今、このサイトをご覧頂いているあなたにも、心地良く、自然体で思うままに過ごして欲しいと思うのです。

草原のなか、気持ちよい風に吹かれている時のように。



私がゲイの心理カウンセラーをしている理由。
それは、とても個人的なお話しです。

途中、お見苦しい文章があるかもしれませんが、ご容赦ください。






私は10代から20代前半にかけて、ゲイであることがとても辛かった時期がありました。

自分がゲイであることが辛くて、嫌いで、しんどくて、孤独で、寂しくて、申し訳なくて、悲しくて、異常だと責められているようで、罪悪感でいっぱいで。

このまま生きていていいのだろうか、死ぬべきなのではないだろうかと、思春期に入ってからは毎日考えていました。

そして、そんな苦しみに重なるように起こった、近しい人達の死。
病気、事故、自殺。
何人もの方が、それぞれの理由で亡くなりました。

今でこそ、あの時の気持ちが、私にとっての絶望だったのだと分かります。
けれど、あの当時は、ただただ苦しいばかりだった。





このころ私は、「 ゲイの精神科医や心理カウンセラー、セラピストがいたらいいな 」と、ずっと思っていました。

自分がゲイである事に対して強い抵抗感があった私は、一般の精神科医や心理カウンセラー、セラピストには受け入れられないんじゃないかと思っていたのです。

だってね、もしも話して、拒絶されたら怖いじゃないですか。

苦しい気持ちが心にたくさんある時、頼った誰かにまで拒絶されてしまったら、もう、どうしていいかわからなくなってしまうだろうと思うのです。

また、もしもストレートの精神科医や心理カウンセラー、セラピストがセクシャルマイノリティに抵抗が無いのだとしても、相手がストレートだとどこか話し辛さを感じていたんです。
できるだけ、ゲイに触れる話題は避けたいと思っていました。

「ノンケにゲイの事なんて分かりっこない!」と、当時の私は思っていたのです。

私自身の心のなかに、セクシャリティの異なる相手への抵抗感があったのです。

でもそれじゃあ、自分の苦しみの根っこの部分は、いつまでたっても話せませんよね。

だって、体やメンタルに影響を与えるくらいの、大きな大きな苦しみの中には、自分のライフスタイルの事だってきっと含まれているから。
ライフスタイル。つまり、「 自分の生き方 」 に含まれる、ゲイという要素。

だから、

「 相談する相手もゲイだったら、何も気にせず全部話せるのにな 」

と、当時の私は思っていたのです。

あれから数年経ち、心理カウンセリングを学び、心理カウンセリングも受け、色んな場所を旅し、色んな人と出会い、沢山の事を感じて、沢山の思い出を得て、暖かいものを知り。

こんなふうに、ここに生きている自分を受け入れて、これまで生きてきた自分を好きになれて。
ああ、生きてきて良かったな、と、そう思えて。
自分が幸せになっていくことが、自分を愛してくれるひとたちを大事にすることなんだと、分かったんです。

私が皆に幸せであって欲しいと願っているように、
私を大切に思ってくれる方々も私に幸せであって欲しいと願っていると、
教えてくれたから。

心身の調子もすっかり良くなり、プロの心理カウンセラーとして働く2008年の今も、ゲイオープンにメンタルヘルスを仕事にしているかたには、未だ知り合っていません。
また、そういう企業も知りません。
(※精力的に活動しておられるNPO法人やボランティア団体は、日本各地にあります)

ということで、ゲイであることを何の気兼ねもなく話せる、ゲイの心理カウンセラーがいたら凄くいいなあ、と思いました。




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( 2008年7月7日 記 )